不完全な酸化状態を純有機中性分子結晶で初めて実現-電子機能性有機物質の開発に新たな道-

【ポイント】

  • 超伝導性などの特異な電子機能の発現の鍵となる「不完全な酸化状態*1」を単一の純有機*2中性分子*3で初めて創り出すことに成功しました。
  • 「不完全な酸化状態」の形成には複数種の分子が必要であるという常識を覆し、従来にない新しい分子集合構造?電子特性変化を生み出しました。
  • 単一の有機低分子からなる溶解性?加工性に優れた超伝導薄膜などの新しい電子機能性有機物質?材料の開発につながることが期待されます。

【概要説明】

 熊本大学大学院自然科学教育部博士前期課程2年の末棟 太朗大学院生(当時)と園田 啓太大学院生、同大学大学院先端科学研究部の上田 顕准教授(分子科学研究所客員准教授 併任)の研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科の鈴木 修一准教授、株式会社リガクの佐藤 寛泰博士ならびに分子科学研究所の草本 哲郎准教授と共同で、「不完全な酸化状態」を有する純有機中性分子結晶の開発に世界で初めて成功しました。
 紙や砂糖、ナフタレンなど通常の有機物は、電気的に中性の分子から構成され、電気をほとんど流しません。しかし、1970年ごろから「不完全な酸化状態」を有する有機化合物において、金属のような高伝導性や電気抵抗がゼロである超伝導性といった様々な特異な性質が発見され、それ以来、「不完全な酸化状態」を有する有機化合物の開発研究が世界的規模で繰り広げられています。このような「不完全な酸化状態」を有する有機化合物はいずれも、プラスの電荷をもつ陽イオン分子とマイナスの電荷をもつ陰イオン分子で構成されたイオン性の化合物であり、つまり、「不完全な酸化状態」の形成には二種類(以上)の分子を組み合わせることが必要不可欠であると長年信じられていました。
??? それに対して本研究グループは、独自の分子設計によりこの常識を覆し、「不完全な酸化状態」を一種類の純有機中性分子で創り出すことに初めて成功しました。そして、この中性分子結晶が、従来のイオン性化合物とは質的に異なる分子集合構造?相互作用を形成し、電気伝導性/磁性の特異な多段階変化現象?相転移挙動を示すことを発見しました。これらの成果は、単一の有機低分子からなる溶解性?加工性に優れた金属/超伝導薄膜などの電子機能性有機物質?材料の開発に向けた新たな道となることが期待されます。
??? 本研究成果は、令和4年11月21日に米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載されました。
??? なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、公益財団法人池谷科学技術振興財団ならびに熊本大学国際先端科学技術研究機構の「次期重点領域にかかる若手研究者支援事業」の支援を受けて行われました。また、本研究の一部は文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業<分子?物質合成>(JPMXP09S21MS1073)の支援により自然科学研究機構分子科学研究所で実施されました。

?【今後の展開】

??? 「不完全な酸化状態」を有する有機物質は、基礎学術?材料応用の両面で非常に高いポテンシャルを有する物質群です。化学者による物質開発研究が原動力となり、有機超伝導などの様々な新現象?新機能が見出されてきました。その一方で、これまでに開発された「不完全酸化型の有機物質」はいずれも複数種の分子からなるイオン性の化合物でした。それに対して、本研究で開発に成功した「不完全酸化型の有機物質」は、純有機中性分子を基盤としており、従来のような複数種の分子を必要としません。様々な化学修飾?類縁体合成も可能であり、本研究成果は、単一の有機低分子からなる溶解性?加工性に優れた金属/超伝導薄膜などの新規な電子機能性有機物質?材料の開発に向けた新たな道となることが期待されます。

【用語解説】

*1:不完全な酸化状態
電荷(価数)が0(=中性の状態)と+1(=酸化された状態)の間の中途半端な状態のこと。専門的には部分酸化状態 (partially oxidized state) と呼ばれることが多い。
*2:純有機
構成元素に炭素を含む化合物(分子)を一般に有機物(有機分子)と呼ぶが、金属元素を含んでいないものを特に純有機物(純有機分子)と呼ぶ。
*3:中性分子
分子全体として電荷をもたず電気的に中性状態の分子のこと。イオン化されていない分子のこと。


【論文情報】

論文名:Partially Oxidized Purely Organic Zwitterionic Neutral Radical Conductor: Multi-step Phase Transitions and Crossover Caused by Intra- and Intermolecular Electronic Interactions
著者:Taro Suemune,# Keita Sonoda,# Shuichi Suzuki, Hiroyasu Sato, Tetsuro Kusamoto, Akira Ueda* (* 責任著者, # equal contribution)
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
doi:10.1021/jacs.2c08813
URL:https://doi.org/10.1021/jacs.2c08813

【詳細】 プレスリリース(PDF688KB)



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熊本大学大学院先端科学研究部
担当:准教授 上田 顕
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