カロテノイド色素を生合成しない紅色光合成細菌にICT励起状態をもつカロテノイド色素を再構成することによって天然を超えるエネルギー移動効率を実現
関西学院大学生命環境学部の浦上千藍紗?専任講師と橋本秀樹?教授の研究グループは、熊本大学、チェコ科学アカデミー、グラスゴー大学(英国)の研究グループと共同で、カロテノイド色素を生合成しない紅色光合成細菌のアンテナタンパク質複合体に、高等植物由来のカロテノイド色素を再構成し、人工光合成アンテナタンパク質の作成に成功し、エネルギー移動効率を調査しました。
太陽光エネルギーを効率よく利用している天然の光合成系は、クリーンエネルギーの利用という点で近年非常に注目されています。紅色光合成細菌の光合成系では、光合成膜にあるアンテナタンパク質複合体中のカロテノイドが太陽光エネルギーを捕集し、その後、別の光合成色素である、バクテリオクロロフィルに捕集したエネルギーを伝達します。バクテリオクロロフィルはそのエネルギーを反応中心に伝達し、反応中心では伝達されたエネルギーを利用して電荷分離を起こし、その際生じる高エネルギー電子を用いてATP(生体エネルギー)の合成が行われます。この過程の中で、カロテノイドからバクテリオクロロフィルへのエネルギー伝達は30 ? 90%という効率で行われており、この機構を人工的に作成?利用しようと、様々な研究?開発が行われております。
本研究では、分子内電荷移動(ICT)状態という励起状態をもつカロテノイド色素を再構成することにより人工光合成アンテナタンパク質複合体を創成しました。エネルギー伝達機構を時間分解分光測定により調査した結果、創成したアンテナタンパク質複合体は、分子内電荷移動状態を介することによって天然を超えるエネルギー移動効率を実現していることを発見いたしました。
本研究成果は、Nature Publishing Group が出版する国際学術誌『Communications Chemistry』に2022年10月26日付けでオンライン掲載されました。
<ポイント>
- 分子内電荷移動(ICT)励起状態を持つカロテノイド色素を、カロテノイド色素(Car)を生合成しない紅色光合成細菌のアンテナタンパク質複合体に再構成し、新規光捕集アンテナタンパク質複合体を創成しました。
- 定常状態の分光測定から、創成したアンテナタンパク質複合体は、Carからバクテリオクロロフィル(Bchl)への励起エネルギー移動効率が79±1%であることを発見しました。これは、天然におけるCarを持つ同種の光合成細菌の励起エネルギー移動効率、28%をはるかに超えていました。
- ? フェムト秒およびサブナノ秒時間分解吸収分光法を用いて光励起ダイナミクスを調査することで、創成したアンテナタンパク質複合体では、カロテノイド色素の第一励起(S1)状態とICT状態とがカップリングした、S1/ICT状態から主にエネルギー移動していることを解明しました。
<研究の背景と経緯>
?? 近年、環境問題とエネルギー問題は世界的に取り組むべき問題とされており、その解決策の一つとして、人工光合成は非常に注目されています。人工光合成においては、光合成を模倣することで、再生可能エネルギーである太陽光エネルギーを効率よく利用するデバイスを開発することを目標としています。太陽光エネルギーは、地球上にほぼ無尽蔵(世界全体の一次エネルギー供給量の67倍)に降り注いでおり、光合成ではこの太陽光エネルギーを非常に効率よく利用していることがわかっています。この高効率なエネルギー変換システムは、ほとんどの光合成生物が保有しており、それぞれの環境に適応した構成に柔軟に変化しながら太陽光エネルギーを利用しています。このシステムでは、まずカロテノイド色素(Car)が光エネルギーを捕集し、励起状態になります。この励起エネルギーをもう一つの光合成色素であるバクテリオクロロフィル(Bchl)に伝達することで、光合成機能はスタートします。この、最初のCar → Bchlのエネルギー移動の効率がその後の光合成のエネルギー変換の効率を決めるポイントとなります。光合成細菌はこのようなCar → Bchl励起エネルギー移動の仕組みをもつ光合成生物の中で、最も単純な構造を持つものとして基礎研究においてよく用いられている生物です。
?? 我々が今回使用したRhodospirillum rubrum という紅色光合成細菌は、野生株であるS1株の他に、Carを生合成しない突然変異株 G9+株が存在します。S1株はスピリロキサンチンというCarを生合成しますが、Car → Bchlの励起エネルギー移動効率はわずか28%です。そこで、Carを置き換えたらこの効率はどうなるのかを調査することにしました。海洋藻類においては、Carが持つ分子内電荷移動(ICT)励起状態を介して非常に高い効率でエネルギー移動を達成することがわかっています。紅色光合成細菌においても同様の効果が得られるのではと期待し、Carを生合成しないG9+株にICT励起状態を生成することが知られているβ-apo-8'-carotenalという高等植物由来のカロテノイドを再構成し、そのエネルギー伝達効率を調査しました。
<研究成果>
?? 紅色光合成細菌Rhodospirillum rubrum のCarを持たない突然変異株であるG9+株から中心光捕集アンテナタンパク質複合体(LH1)を単離し、ICT励起状態を持つCarである、β-apo-8'-carotenalを再構成して、再構成アンテナタンパク質複合体(Reβapo)を創成しました。ReβapoのCarの導入量や、再構成がうまくいっているのか、アンテナタンパク質複合体としての機能を果たしているのかなどは定常状態の吸収スペクトル、蛍光スペクトル、蛍光励起スペクトルを測定することによって確認しました。(参考図1)これらの測定により、創成したReβapoはCar → Bchlのエネルギー伝達効率が79±1%という高い効率を持っていることが明らかになりました。このことは、紅色光合成細菌Rhodospirillum rubrum の野生株である、S1株はわずかに28%の効率であることから考えれば、驚くべきことです。S1株の持つCarはスピリロキサンチンであり、ICT励起状態を持たないCarです。ICT励起状態をもつCarを再構成したことにより、同じタンパク質構造を持っていても高い効率を実現することを発見しました。
?? Reβapoの高効率なCar → Bchlのエネルギー移動ダイナミクスを詳細に調査するために、フェムト秒並びにサブナノ秒時間分解分光測定を行いました。時間分解分光測定をCar励起で行い、時事刻々と変化する過渡吸収スペクトルをグローバル解析並びにターゲット解析を行うことで、エネルギー移動過程を詳細に調査しました。Carからのエネルギー移動がない状態の参照データとして、アセトン中のβ-apo-8'-carotenal溶液の過渡吸収スペクトルを用いました。解析の結果、Reβapo におけるCar → Bchlのエネルギー移動は主にCarの第一励起状態(S1状態)とICT状態とがカップリングしたS1/ICT状態から行われていることが明らかになりました。Car → Bchlのエネルギー移動の実に80%がこのS1/ICT状態からのエネルギー移動だったのです。創成したReβapoの高効率なエネルギー移動の鍵はCarのS1/ICT状態にあることを明らかにすることができました。またCarが持つもう一つの重要な役割として、過剰なエネルギーを散逸させる光保護機能があります。光保護機能に関しても同様に調査したところ、創成したReβapoにおいてもCarはしっかりと光保護機能を果たしており、頑健な複合体であることがわかりました。
<今後の期待>
?? 本研究は、ICT状態の特性を利用することにより、今までのCar → Bchlへの励起エネルギー移動効率をどのように超えるかという戦略を明確に示唆しています。このことは今後の人工光合成研究に大きく貢献することが期待されます。
◎?? ?研究助成
?????? 本研究は,JSPS科研費(特別研究員DC2, 課題番号20J10152),JSPS科研費(新学術領域研究 革新的光-物質変換(I4LEC),課題番号17H06433, 17H06437, 17H06436),JSPS科研費(基盤研究B,課題番号 16H04181),チェコ科学財団(GACR) (PhotoGemm+ 課題番号19-28778),Photosynthetic Antenna Research Center, an Energy Frontier Research Center funded by the U.S. Department of Energy, Office of Science, Office of Basic Energy Sciences (Award Number DE-SC 0001035)の支援により行われました。
【発表論文】
タイトル:Intramolecular charge-transfer enhances energy transfer efficiency in carotenoid reconstituted light-harvesting 1 complex of purple photosynthetic bacteria
(和訳:カロテノイドを再構成した紅色光合成細菌の中心光捕集アンテナタンパク質複合体において分子内電荷移動はエネルギー移動効率を向上させる)
著者:Nao Yukihira, Chiasa Uragami, Kota Horiuchi, Daisuke Kosumi, Alastair T. Gardiner, Richard J. Cogdell, Hideki Hashimoto
雑誌名:Communications Chemistry (DOI: 10.1038/s42004-022-00749-6)
【詳細】 プレスリリース(PDF417KB)
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