乳がん再発を血液検査で高精度に予測-cfDNAヌクレオソーム解析により治療抵抗性の兆候を可視化-
(ポイント)
- 転写制御に基づく新しいcfDNA解析法を開発
乳がんの治療抵抗性に伴う転写変化に着目したcfDNA解析法を構築。従来の変異中心のcfDNA解析では捉えにくかったヌクレオソーム変化を可視化しました。 - わずか2遺伝子領域のヌクレオソーム解析で再発乳がんを高精度に識別
REREおよびSYNPO2領域のヌクレオソームスコアは、原発乳がんと再発乳がんを高精度に識別。転写情報に基づくヌクレオソーム解析の高い感度と新規性を示しました。 - 低コスト?低侵襲で実装可能な次世代リキッドバイオプシーへ
全ゲノム解析ではなく、転写調節領域に絞ることで、簡便かつコスト効率の高い乳がん再発モニタリング法を実現。臨床現場でのリアルタイムな治療効果判定や再発監視への応用が期待されます。
(概要説明)
熊本大学発生医学研究所 細胞医学分野の渡邉すぎ子特任准教授、中尾光善特任教授および熊本大学病院乳腺内分泌外科の山本豊教授らの研究グループは、血液中を循環するcell-free DNA(cfDNA)※1のヌクレオソーム※2構造および断片化パターンを解析することで、乳がん再発を高精度に予測できる新たな手法を開発しました。
本研究では、乳がんの治療抵抗性獲得過程で転写制御を受ける26遺伝子領域に着目し、原発乳がん105例、再発乳がん45例の計150検体を対象にcfDNA解析を実施しました。その結果、再発症例ではコーディング領域※3だけでなく非コーディング領域※4を含めた変異数の増加や、cfDNAの断片が短くなることが認められました。
さらに、REREおよびSYNPO2という遺伝子付近のヌクレオソーム構造に由来するスコアにより、原発乳がんと再発乳がんを高精度に識別できることが明らかになりました。加えて、複数のcfDNAの特徴的因子を機械学習※5で統合することで、乳がん再発をさらに高精度に予測できることを示しました。
本研究は、cfDNA解析を単なる遺伝子変異検出にとどめず、転写制御やクロマチン再構築といったエピゲノム情報まで捉えることで、乳がん再発や治療抵抗性を低侵襲にモニタリングできる可能性を示すものです。将来的には、個別化医療における治療選択や再発早期検出への応用が期待されます。
本研究の成果は、2026年5月28日に米国がん学会(American Association of Cancer Research)が発刊する学術誌『Cancer Research communications』(オンライン版)に掲載されました。
なお、本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(20K07589, 23K06699, 16H06279(先進ゲノム支援) および 24K02240)、高松宮妃癌研究基金(20-25240)、小林がん学術振興会研究助成、武田科学振興財団研究助成、リレー?フォー?ライフ?ジャパンプロジェクト未来研究助成、金原一郎記念医学医療振興財団研究助成および熊本大学発生医学研究所「高深度オミクス医学研究拠点ネットワーク形成事業」の助成を受け実施したものです。
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(説明)
[背景]
高齢化が進む日本では、がん患者数の増加に伴い、より効果的な予防法や新しい治療法の開発が重要な課題となっています。中でも乳がんは、日本人女性で最も多いがんの一つであり、女性が罹患するがん全体の約20%を占めています。
乳がんでは、がん細胞の特徴に応じた「分子サブタイプ分類」に基づく治療が進んでおり、ホルモン受容体やHER2(がん細胞の増えやすさに関係するタンパク質)などの情報をもとに個別化治療が行われています。しかし治療が効きにくい(=治療抵抗性)症例や、治療開始後に耐性を獲得して再発する症例、さらには治療終了後5~10年以上経って再発する「晩期再発」が臨床上の大きな問題となっています。実際ホルモン受容体陽性乳がんの約10~26%でホルモン療法抵抗性がみられることが報告されており、その克服が重要な課題です。
近年、治療抵抗性の背景には、ESR1遺伝子の異常やPIK3CA遺伝子変異など、治療中にがん細胞が遺伝学的に変化する「ゲノム進化」が関与することが明らかになってきました。また、転写因子やクロマチン構造の変化も関与すると考えられていますが、その詳細な仕組みは十分に解明されていません。このため、乳がん再発や治療抵抗性を早期に捉え、その分子メカニズムを理解するための新たな解析技術の開発が求められています。
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[研究の内容(方法)]
研究グループはこれまでに、乳がんがホルモン療法への耐性を獲得する過程で、転写状態が大きく変化する26の遺伝子領域を同定していました。これらの領域には、ERBB2、ESR1、RERE、SYNPO2など、乳がんの増殖や治療反応性に関与する遺伝子が含まれています。しかし、これらの領域がどのように治療耐性や再発に関与するのかは明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、「治療によるゲノムストレスによって、これら26遺伝子領域に異常が蓄積し、その変化が血液中のcfDNAに反映されるのではないか」という仮説を立て、乳がん患者150症例(原発乳がん105例、再発乳がん45例)の血液由来cfDNAを解析しました(図1)。
解析には、26遺伝子領域を対象とした独自設計の高感度ターゲットシーケンス法を用いました。さらに、遺伝子変異、コピー数異常、DNA断片長、構造異常、ヌクレオソーム構造など、多層的なゲノム?エピゲノム解析を実施しました。また、得られた複数のcfDNA情報を機械学習で統合し、乳がん再発を予測するモデルの構築も行いました。
本研究により、乳がんのホルモン応答性と治療耐性化を切り替える分子メカニズムを、血液中cfDNAから非侵襲的に捉えることを目指しました。
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[成果]
解析の結果、再発乳がんでは、原発乳がんと比較して、cfDNA中の遺伝子のコーディング領域だけでなく非コーディング領域を含めた変異数が増加し、DNA断片長が短縮していることが明らかになりました。また、ERBB2など一部の遺伝子領域ではコピー数増加を伴う特徴的な断片化パターンが認められ、治療耐性に伴うゲノム不安定性の存在が示唆されました。
さらに、cfDNAのヌクレオソーム構造解析により、REREおよびSYNPO2領域におけるヌクレオソーム占有率が再発症例で特徴的に変化していることを発見しました。この情報から算出したスコアは、原発乳がんと再発乳がんを高精度に識別し、ROC解析※6ではAUC※7 0.826という高い診断性能を示しました(図2)。
加えて、ヌクレオソームスコア、コピー数異常、変異数など複数の指標を統合した機械学習モデルの構築により、高精度に再発を予測できることを確認しました。
[展開]
本研究は、転写変化に基づく標的cfDNA解析とヌクレオソーム解析を組み合わせることで、乳がん再発やホルモン療法耐性を高感度に検出できる可能性を示した世界初の臨床的検証研究です。将来的には、低侵襲なリキッドバイオプシー(血液中のDNAなどを調べることでがんの状態を評価する検査)として、再発監視や治療効果予測、個別化医療への応用が期待されます(図3)。
一方で、本研究は症例数が限られており、原発群と再発群の間で分子サブタイプの偏りや症例背景の非対照性が存在するため、今後はこれらを考慮した大規模かつ前向きに設計されたコホート研究による検証が必要です。これにより、異なる乳がん分子サブタイプ間での適用や予測精度の一般化について明らかとなり、臨床現場での実用化に向けた信頼性の高いエビデンスを構築につながることが期待されます。
[用語解説]
*1:cell-free DNA(cfDNA)
血液中に存在する微量なDNA断片。細胞の死滅などに伴って放出され、がん患者では腫瘍由来DNA(ctDNA)を含むことがある。採血のみで解析できるため、低侵襲な「リキッドバイオプシー」として注目されている。
*2:ヌクレオソーム
DNAがヒストンタンパク質に巻き付いて形成されるクロマチンの基本構造単位。遺伝子の転写活性やクロマチン状態を反映して配置が変化するため、がん細胞特有の転写状態を推定する手掛かりとなる。
*3:コーディング領域(coding region)
遺伝子の中で、タンパク質の設計情報を持つDNA領域。細胞の機能を担うタンパク質が作られるため、がん関連遺伝子変異の多くはこの領域で解析されてきた。
*4:非コーディング領域(non-coding region)
タンパク質を直接コードしないDNA領域。かつては「働きの少ない領域」と考えられていたが、近年では遺伝子発現やクロマチン構造、転写制御を調節する重要な役割を持つことが明らかになっている。本研究では、治療耐性に伴う転写制御変化を捉えるため、イントロンなどの非コーディング領域も解析対象に含めた。
*5:機械学習
大量のデータから特徴を学習し、予測や分類を行う人工知能技術。本研究では、cfDNA由来の複数の指標を統合して乳がん再発予測に利用した。
*6: ROC解析(Receiver Operating Characteristic解析)
診断法や予測モデルの性能を評価する統計解析手法。感度(実際に病気である人を正しく判定する割合)と、1?特異度(病気でない人を誤って陽性と判定する割合)の関係を曲線として表し、検査やモデルの識別能力を評価する。
*7:AUC(Area Under the Curve)
診断性能を評価するROC曲線下面積。1.0に近いほど識別性能が高く、0.5はランダム判定を意味する。本研究では0.826と高い識別性能を示した。
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(論文情報)
論文名:Transcriptionally informed nucleosome profiling of circulating cell-free DNA predicts breast cancer recurrence.
著者(*責任著者):Sugiko Watanabe*, Kan Etoh, Jun Mitsui, Yuta Suzuki, Yutaka Yamamoto, and Mitsuyoshi Nakao*
掲載誌:Cancer Research Communications
doi:10.1158/2767-9764.CRC-26-0263
URL:https://doi.org/10.1158/2767-9764.CRC-26-0263
【詳細】 プレスリリース(PDF619KB)
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お問い合わせ
熊本大学発生医学研究所 細胞医学分野
担当: 特任准教授 渡邉すぎ子(わたなべ すぎこ)
特任教授 中尾 光善(なかお みつよし)
電話?FAX:096-373-6804
e-mail:sugikow@kumamoto-u.ac.jp
? ? ? ? ? ?mnakao@gpo.kumamoto-u.ac.jp